さらに前回の続きです。
迷ったけれど、学校に連絡してみる
さて、長男が上級生に何やらいじめられ、それをたまたま目撃した顔見知りのお父さんが、必死で私に電話をしてくれたところまで書きました。そのお父さんが私に伝えてくれたことは、見たままの状況と、学校にすぐ連絡しなさい!ということ。
・・・正直、迷いました。
もちろん、理由はどうであれ、無抵抗だった長男を乱暴していたという事実は許せません。まして長男は、入学したばかりの一年生です。はらわたが煮えくり返ります。
だけど私が一番つらかったことは、その出来事には、長男が『話せない』という事実が少なからず関係していて、やはりそれは傍からは分かりにくい、理解されにくいものだからこそ起こってしまったのではないか、ということ。
もし長男が『場面緘黙症』ではなかったら、「やめて」と言えたかもしれない。そもそも、話しかけられた(かもしれない)時に、ちゃんと答えていたらこうはならなかったかもしれない・・・。
本当にもどかしくてモヤモヤします。
似たようなケースは今までだって沢山ありました。
長男が「話さない」ばっかりに誤解されることはしばしば。些細な子どものケンカも、本当はお互い様なのにな・・・と思っても、アピール下手な長男が責められることもありました。
『話せない』って、本当にもどかしいのです。長男はもちろん、家族も周りも。
さて、散々迷い、私はモンペか?と悩みつつ、でも、お父さんの「絶対に学校に言いなさい!」という言葉を思い出し、思い切って学校に電話をしてみました。私も実際には見ていないし、肝心の発端の部分もハッキリしない以上、上級生の子だけが悪いとは言い切れません。ただ、長男が「話せない」ことに少しでも要因があるとしたら、これは単純ないじめだけでは済まされない複雑な問題も絡んでいると思ったからです。

学校の対応は・・・!?
電話が1~2回鳴っただけですぐに応答がありました。電話の向こうの相手は、副校長先生でした。そう、長男のことが不安だった私に、入学前に一度面談を、と学校で話をしたあの副校長先生です。↓
沢山のアドバイスより、時には親の「直観」を信じてみることが大事なワケ
「どうしましたか?」とハキハキした声で言われました。
私はドキドキしながらも、下校途中に長男の身に起きたこと、それをたまたま目撃した方がわざわざ連絡してくれたこと、こんなことでお電話して良いものかと悩んだこと、でも長男の特性のせいで、今後もまた同じようなことが起こるかもしれないということ・・・などを話しました。
すべて聞き終えた副校長先生はまず、
「連絡下さってありがとうございます。とても大切なことです。」
とキッパリ言いました。
そして、私がお父さんや長男から聞いた限りのことを、副校長先生も事細かく聞いてくれました。
あぁ、ちゃんと聞いてくれるんだ、良かった・・・。
と、最初は安心しました。
でも、やはりこれが学校としての対応なんだな・・・と、それが当たり前のことかもしれないし仕方ないけれど、少しだけガッカリしてしまいました。
なぜなら副校長先生はすぐさま『犯人捜し』(言葉は悪いですが)を始めようとしたからです。
乱暴された場所はどの辺りか、その子はどっちに帰って行ったのか、背格好はどうだったか・・・などなど。
長男は、恐怖のあまり顔はあまり覚えていないと言っていました。そりゃそうでしょう。
すると副校長先生は続けて、「明日、ちょうど体育館で全校集会があるから、〇〇(長男)君と一緒に入口に立って、犯人を見つけ出したいと思います」と提案してきました。
結構驚いた私はすぐに言いました。
「長男は、きっとそんなことをするのは余計に怖いと思います。私も犯人捜しをしてほしいワケではありません。ただ、こういう出来事があったと知って欲しかったのと、「いじめ問題」を考えるキッカケになれば、ということと、あわよくば、『場面緘黙症』を知る機会にもなるのでは・・・」と。
副校長先生は引き下がりません。
「いやいや、お母さん。これはれっきとした『いじめ』です。きちんとやった生徒に反省をしてもらわないといけないんです。今この瞬間に、根を摘んでおかなければその生徒のためにもならないのです。大人が、先生が、みんなが見ているんだぞ!ということも分からせないとダメなんです。」
分かります。言わんとしていることはよく分かります。ごもっともです。
仮にその生徒が見つかったとして、反省を促し、根を摘めたとしたら、その生徒にとってはためになるのかもしれない。ならないかもしれないけれど。
でも、それでいいのだろうか・・・。長男にとってもそれでいいのだろうか・・・。これが解決したらそれで良しなのか・・・。なんだかもっと深い所に問題があるような気がしてならないのです。
だけど、それもきっと親のエゴなのかな・・・、とも思いました。
今回、悲しい出来事が起こりそうになった時、私が傍にいて、「ごめんね、この子は話すことが苦手でね、お返事するのも難しくて。 だけど決して無視しているワケではないんだよ。全て分かっているし、いや人一倍理解しているし、なんなら家とか家族や親しいお友達にはベラベラ喋れてね・・・」と、いちいち説明できたらどんなにいいでしょう。こんなことにはならないで済むのです。
むしろ毎回毎回、そうしたいです。
でも出来ません。当たり前だけど、出来ないのです。
もしも長男に口がなかったら、みんなは「あぁ、この子は話せない子なんだな」とすぐに分かってくれるかもしれませんが・・・。

あ、結局。翌日、副校長先生と長男は、体育館の入口に立ちました。「あの子だ!」と思う子がいたら、合図をしてね、と言われたそうです。
・・・もちろん、分からずじまいでした。
だから言ったでしょう。怖くて覚えていない、と。万が一、万が一本当は覚えていたとしても、長男は決して言わないと思います。
あっけない幕引き
こうして、私たち親子にとっての悲しい出来事は、犯人(言い方悪いです)は見つからず、上級生のクラスで話をしてくれて、なんとなく終わる・・・という感じて幕を下ろしました。
私たちにとっては、スッキリ解決したわけでは決してないけれど、少なくとも私には分かったことがあります。
ハッキリと目には見えない『情緒の問題』を抱えている場合、分かってもらえない苦しさやつらさは、本人の努力だけではどうにもならないことがあるということを。
今回の出来事もそうです。
たまたま通りかかったお父さんが見つけてくれなかったら・・・、そもそも長男がこういう子だということを私がそのお父さんに話していなかったら・・・、もしかしたら長男だけが抱え込んで終わりになっていたかもしれません。
周りに助けられてこそ、の部分もとても大きいのです。今までもそしてこれからもです。
とりあえず、だから私はこのブログを始めたのだと思います。
少しでも『場面緘黙症』というものを知ってもらいたいから。理解してもらいたいから。良いことも悪いことも。
・・・長くなりましたが、これで下校時の悲しい出来事の話は終わりです。

