「場面緘黙症」って何?~幼稚園で話さなくなった長男「話さない」のではなく「話せない」子供たちがいることを知っていますか?

不登校

ブログ再開します

今現在、私の長男はもう中学校卒業を間近に控えています。

中学校の3年間はほぼ不登校、小学校の6年間は別室登校、幼稚園は毎日登園渋り。12年間、長男はもちろん、親の私も本当に様々なものと闘ってきました。そんな日々の出来事や感情の移り変わりを今までブログに綴っていたのですが、3年前あたりで一度辞めてしまいました。忙しくなったこともありますが、長男が成長したことでぶつかることが増えたり、そんな長男のことをさらけ出していいものか・・・と悩んだり。

でも、中学校生活をまもなく終えようとしている長男の「不登校」に対する現状はあまり変わっていません。世の中の「不登校」の子供の数も年々増えています。それならばもう一度、以前書き溜めていたものを遡りつつ書いてみようかな・・・と思いブログを再開することにしました。

ここからは、以前に書いていたものから投稿していきます。

「場面緘黙症」ってなに??

突然ですが、「場面緘黙症」って聞いたことがありますか?知っていますか?私は全く知りませんでした。聞いたこともなければ、「場面緘黙症」と聞いたところで、その意味をすぐには理解できませんでした。私は、我が子が幼稚園に通い出した頃に初めてその言葉に出会い、その存在を知りました。

私のように知らない人が大半だと思います。

「場面緘黙症」すご~く簡単に言ってしまえば、幼稚園や学校などで全く「しゃべらない」状態のことです。ただ、恥ずかしがり屋とか、人見知りとは違います。「しゃべらない」状態がず~っと続くのです。ひどい時は「しゃべらない」だけではなく、「動かない」時もあります。

でもそれは、幼稚園や学校など、特定の場所や環境に置かれた時だけです。家の中や、心を許している家族や、ほんの一握りではあるけれど仲良しのお友達の前ではおしゃべりなんです。つまり、「場面」によって「緘黙」になってしまう状態、それが「場面緘黙症」です。

その「場面緘黙症」は、何年もかかってようやく辿り着いた、我が子への診断でした。

もし我が子が「場面緘黙症」と診断されなければ、私にとっては一生知らないままの言葉だったかもしれません。それくらい、多くの人がこの言葉自体とその症状を知らないと思います。学校や病院の先生ですら、まだまだ知らないことの方が多いのも事実です。

「しゃべらない」ではなく「しゃべれない」

とにかく誤解されます。

しゃべらないから・・・。

長男が幼稚園に通い始めて間もなく、先生から連絡がありました。「息子さん、何を聞いてもうんともすんとも言わないのよ・・・」と。

家ではうるさい長男が、幼稚園ではしゃべらない・・・。私にとっては「へ???」という感じでした。

きつい言葉をかけられることもあります。長男が年少から年中に進級した時、長男は先生に言われました。「「しゃべらない」子は、年少に戻りなさい」と。長男はその時初めて声を出して泣きました。

笑われることだってあります。「なんで〇〇くんはしゃべらないの~???」と、クラスのお友達にはほぼ毎日のように聞かれます。

正直、悲しいし悔しいです。心の中では「本当は違うのに!!」と叫んでいます。

でもそれは仕方ないんです。長男は「しゃべらない」のではなく、「しゃべれない」のだから。そして、周りのみんなからしたら、「しゃべれない」ってどういうこと?そもそも「場面緘黙症」って一体何・・・?なんだから。

誤解は解けません。

親として出来ること

でもでも、もしこの症状をもっと多くの人に知ってもらえたら?もっと周りの理解を得られたら?

誤解は少し減るかもしれない。長男も少し頑張れるかもしれない。生きやすくなるかもしれない・・・。

そんなことを思い、悩み、考え抜いて出した答え。

それが「発信」することでした。

まずは「場面緘黙症」を知ってもらうため。そして「場面緘黙症」である長男が抱えている辛さや苦しさ。家族の想い。そして私自身が発信することによって、殻に閉じこもらずにもっと多くのことを吸収するため。それから、もし同じような状況で悩む子やそのご家族がいたら、少しでもそれを共有し前に進むために。

我が子の「場面緘黙症」に気付くまでと、気付いてからの様々な出来事を綴っていこうと思います!

場面緘黙とは

家庭ではごく普通に話すのに、幼稚園・保育園や学校などの社会的な状況で声を出したり話したりすることができない症状が続く状態を言います。体が思うように動かせない緘動(かんどう)という状態になることもあります。話せない場面は様々ですが、発話パターンは一定しています。場面とは「場所」「(そこにいる)人」「活動内容」の3つの要素で決まります。

海外では、場面緘黙症は小児期に不安障害であり、「自分が話す様子を人から聞かれたり見られたりすることに怖れを感じる」恐怖症の一種ととらえ治療や支援を行うという考えが主流となっています。

自分の意志で「話さない」わけではありません。「話せない」のです。これは誤解が多いポイントです。これまでは、「場面緘黙は大人になれば治るもの」と考えられてきました。しかし、適切な支援なく学校生活をすごした場合、長期にわたるストレス状況から、うつ的症状や不登校などの二次的な問題へとつながるケースも見られます。海外の資料によれば、たとえ発話ができるようになったとしても、成人後に社会不安障害などの不安障害に悩まされることも多く、早い時期からの適切な対処の重要性が強調されています。

引用:かんもくネット

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